ただの独り言なのであまり真面目に読まないでくださいね。

以前、視線入力の学習で2択から3択にしたら途端にできなくなったと言う記事を載せました。
その子は現在は、3択の課題にも慣れてきて、3つの選択肢を見比べて、判断して、選ぶという良い学習が出来ています。
ところで、よく考えたら、特別支援教育のいろんな場面で2択で意思表出を促す場面が頻繁に見られている気がします。
でも、なぜ2択なのでしょう?
1つだけでは選択にならないからでしょうか?
人の手が基本的には2本だからでしょうか?
2つ以上の選択肢を記憶するのが、頭の中で処理するのが難しいからでしょうか?
2つ以上の選択肢を考えたり、提示したりするのが手間だからでしょうか?
特に意味はないのでしょうか?

そもそも2択と一口に言っても、目的や提示方法で様々な要素に変わるものではないでしょうか?
例えば、
①提示された2つの絵や写真から興味のある方や好きな方を見ると言う簡単な意思表示。
②見本と同じ絵や写真を2つの選択肢から選んで見るというマッチング。
③イエス、ノーという選択肢として提示し、与えられた質問について思考し、選択する場合。

どれも2択といえば2択なのですが、中身は全く違いますよね。
例えばあるお子さんの実態を説明するとき、「2択による意思表示が可能」とした場合、それは①なのか、②なのか、③なのか、それともその全てなのかで全然違ってくると思うのです。
もっと細かく突き詰めていくと、視覚オンリーで完結するのはなく、聴覚情報による2択や、音声・言語、動作による表出などの要素も複雑に絡んでくるのだと思います。
なんか私は、2択というシンプルで簡単に済ませてしまえる口当たりの良い表現に乗じて、思考を深めることをサボっていたのではないかとちょっと反省しています。

としたならば、2の次だから3、という数字の増加が必ずしも学習の絶対的な順序や基準となるものではないのだと思います。
あくまでも、〇〇の力が身についたから次は〇〇をする、というステップアップの過程でたまたま2が3に増えた段階があったというだけなのだと思います。

2枚の写真の中から好きなものを選べた。 = 2択ができるようになった。
という安直な評価にはならないし、
2枚の写真の中から好きなものを選べたから、次は3枚に増やそう。
と安直に決めてしまってもいけないのかもしれません。

あくまでも、その子その子目標に向かってどの段階からどの段階へステップアップするのかと考えると、2択から3択への数の増加ではなく、①から②であったり、②から③であったりと、内容を変化させる子どももいるはずですよね。

以上、ただの独り言でした。